従業員雇用を検討している人必見!雇用にあたって経営者が知っておくべき税務・労務の手続きや必要書類について社会保険労務士が解説します。
起業にあたって早期から従業員雇用を検討している場合、どのような準備、手続きが必要になるか、不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、起業初期に従業員雇用を検討している方に向けて、最低限必要な内容を分かりやすく解説していきます。より詳しい情報を得るためのリンクも併せて紹介していますので、従業員雇用に不安のある方は是非ご一読ください。
(目次)
税務関係
給与支払事務所等の開設届
所得税の納付特例承認申請
扶養控除申告書
源泉徴収簿
住民税特別徴収
労務関係
法定3帳簿
雇用契約書・労働条件通知書
時間外労働に関する協定届(36協定)
口座振込同意書
マイナンバー利用同意書
その他秘密保持契約書・誓約書・身元保証契約書など
労働保険(労災保険)手続き
雇用保険手続き
社会保険手続き
まとめ
税務関係
事業を立ち上げ、役員報酬や従業員給与を支給するにあたって必要な税務関係書類・手続きについて解説します。
給与支払事務所等の開設届
従業員を雇用する場合、従業員へ支払う給与額に応じて所得税を天引きのうえ毎月納付する必要があります。
これは役員報酬を支給する場合も同様です。
これまで役員報酬の発生しない法人として事業活動を行っており、かつ弁護士や税理士等へ報酬を支払うことがなかったのであれば、当該届を行っておらず所得税の納付書が届いていないケースもあるでしょう。この場合、従業員雇用のタイミングで給与支払事務所等の開設届出が必要になります。
個人事業主として従業員を雇用する場合には当該届出は不要です。
給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出|国税庁https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_11.htm
所得税の納付特例承認申請
所得税は徴収した日の翌月10日まで毎月の納付が原則ですが、役員報酬の発生する役員を含め従業員が10人未満の小規模事業主の場合は半年ごとにまとめて納付できる特例があり、特例の適用を受けるためには所得税特例承認書の提出が必要となります。
提出期限は設けられておりませんが、提出した月の翌月より特例納付が認められます。
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請|国税庁https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_14.htm
納付事務の簡略化、また資金繰りの観点からも特例を活用するのがいいでしょう。
扶養控除申告書
従業員の扶養親族の有無、障がいの有無、副業の有無などにより給与から控除すべき税額が変わります。
正しい税額を控除するためにも、雇入時に扶養控除申告書を忘れずに提出してもらいましょう。
扶養控除(異動)申告書 国税庁
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_01.htm
源泉徴収簿
役員報酬•賞与、従業員給与•賞与のうち、所得税の対象となる課税支給金額、社会保険料等の金額、控除した所得税を毎月記載し、12月までに徴収した所得税を年末調整を行うことで過不足を精算します。そのために必要な帳簿が源泉徴収簿です。
給与所得・退職所得に対する源泉徴収簿の作成|国税庁
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_03.htm
住民税特別徴収
従業員の雇用にあたってもうひとつ、給与から天引きのうえ納付が必要な税金として住民税があります。
住民税は個人が直接市町村に納付する「普通徴収」と給与から天引きのうえ事業主が納付する「特別徴収」があり、給与の支払を受ける場合は原則特別徴収となります。
特別徴収にあたっては、従業員が住民税を納付する市町村ごとに住民税特別徴収届出書の提出が必要です。
従業員の就職・退職・転勤があるとき|千代田区
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kurashi/zekin/tetsuzuki/tokubetsuchoshu.html
提出後、市町村より特別徴収決定通知書が届きますので、特別徴収開始月より決定された税額を給与から天引きのうえ翌月10日までに納付します。
住民税には所得税のような特例が設けられておらず、従業員が複数名の場合は市町村ごとに毎月納付が必要です。
給与振込、特例を利用しない場合の所得税と併せて忘れず納付しましょう。
労務関係
続けて、従業員の雇入れ、役員報酬や従業員給与を支給するにあたって必要な労務関係書類・手続きについて解説します。
法定3帳簿
労働基準法で事業主が備えておくべき書類として定められている書類で、労働者名簿・出勤簿・賃金台帳の3つを指します。
労働者名簿
労働者名簿は従業員の氏名や生年月日、住所、業務の種類等を記録するもので、記載すべき事項は以下の通りです。
(1)労働者の氏名
(2)生年月日
(3)履歴
(4)性別
(5)住所
(6)従事する業務の種類
(7)雇入れの年月日
(8)退職の年月日及びその事由(解雇の場合はその理由)
(9)死亡の年月日及びその原因
労働者名簿のひな形|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/pdf/b.pdf
賃金台帳
賃金台帳は、毎月の給与の内訳のほか、労働時間や給与の締め日などを記録するもので、記載すべき事項は以下の通りです。
(1)賃金計算の基礎となる事項
(2)賃金の額
(3)氏名
(4)性別
(5)賃金計算期間
(6)労働日数
(7)労働時間数
(8)時間外労働、休日労働及び深夜労働の労働時間数
(9)基本給、手当その他賃金の種類ごとにその金額
(10)労使協定により賃金の一部を控除した場合はその額
賃金台帳のひな形|厚生労働省 東京労働局https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/standard/relation/19.pdf
出勤簿
出勤簿は従業員の出退勤時刻などの出勤状況を記録するもので、記載すべき事項は以下の通りです。
(1)出勤簿やタイムレコーダー等の記録
(2)使用者が自ら始業・終業時刻を記録した書類
(3)残業命令書及びその報告書
(4)労働者が記録した労働時間報告書等
出勤簿は特に法定様式がなく、市販のタイムカードやエクセルで管理出来れば問題有りませんが、より便利かつ正確に管理する為には勤怠システムの活用をおすすめします。
雇用契約書・労働条件通知書
従業員を雇い入れるにあたり、給与額や仕事内容、労働時間等の労働条件を明らかにするための書類です。
労働契約自体は口頭でのやり取りのみでも成立します。ただし、書面を交付していない場合には事業主に罰則があることに加え、後々「言った言わない」といったトラブルになりかねません。
そのため、雇い入れ時、また労働条件を変更する都度必要な書類であることを早期のうちからしっかりと理解しておきましょう。
記載すべき事項は以下の通りです。
なお、(7)~(14)はその内容を定める場合に明示が必要な事項です。
(1)労働契約の期間に関する事項
(2)期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準および更新の上限に関する事項、無期転換申込機会及び無期転換後の労働条件に関する事項
(3)就業の場所及び従業すべき業務に関する事項およびその変更範囲
(4)始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
(5)賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
(6)退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
(7)退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
(8)臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
(9)労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
(10)安全及び衛生に関する事項
(11)職業訓練に関する事項
(12)災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
(13)表彰及び制裁に関する事項
(14)休職に関する事項
労働条件通知書のひな形|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001161403.pdf
時間外労働に関する協定届 通称36(サブロク)協定
労働基準法では従業員の労働時間は原則1日8時間以下、週40時間以下と厳密に定められており、この時間を法定労働時間と言います。
法定労働時間を超えて労働させる場合、一定の割増率を乗じた割増賃金の支払が必要となります。
また、単に割増賃金を支払えばいいというわけではなく、上記法定労働時間を超過する可能性がある場合、事前に36協定を提出する必要があります。
つまり、適法に時間外労働を実施させるためには36協定の事前提出と割増賃金の二つが必要となります。
一日数時間労働のアルバイトを雇用するだけの場合は必ずしも必要となる書類ではありませんが、フルタイムもしくは突発的に1日8時間を超える労働が想定される場合、雇入れ後速やかに36協定を提出しましょう。
時間外・休日労働に関する協定届|厚生労働省 東京労働局
<h3>口座振込同意書</h3>
給与の支払方法として口座振込が一般的であることに加えて、令和5年4月からはPayPayなどの電子マネーでの支払いも認められています。
ただ、労働基準法では大原則として「現金払い」と規定されているため、口座振込とする場合は振込先の確認に加えて振込による給与支払への同意が必要となります。
通帳のコピーやネット銀行のマイページのプリントアウト等のみの受け取りで済ませてしまうことのないよう、口座振込への同意の文言を付した口座振込同意書を活用しましょう。
口座振込同意書のひな形|厚生労働省東京労働局
マイナンバー利用同意書
従業員にマイナンバーの提示を求めるにあたり、その利用目的・範囲・社内管理体制を事前に明示し同意を得る必要があります。
同業経営者やインターネット上の情報を参考に、自社に合わせて用意をしておきましょう。
その他秘密保持契約書・誓約書・身元保証契約書など
これらは法定の書類ではありませんが、従業員雇用に伴う会社への損害等をなるべく小さくするためのものです。
主な目的として以下の事項が挙げられます。
・企業機密情報の社外漏洩防止
・競合他社への就職、同業起業を一定期間制限
・従業員の責めにより発生した損害の金銭弁償、音信不通時の貸与品の回収など
これらの書面について、国から提示されているひな形等はありませんので、同業の経営者や、本サイトのコンテンツその他のインターネット上のサンプル等の知恵を借りる、もしくは内容に不安がある場合は、慎重に弁護士など専門家への相談をおすすめします。
労働保険(労災保険)手続き
従業員を雇用する場合、労働時間・給与額の多少を問わず労災保険への加入が必要です。
労災保険は後で解説する雇用保険、社会保険と異なり従業員全員が対象となります。
なお、労災保険は従業員ごとに加入するものではなく、会社として加入が必要です。
労災保険への加入にあたっては、労働保険関係成立届と労働保険概算保険料申告書を提出の上、来年3月分までの給与の見込額をもとに計算した労働保険料を概算で納付します。
その後、年に1度6月1日から7月10日の間に、実際に支給した給与額で労働保険料を計算し、過不足を精算の上翌年1年間の労働保険料をまた概算額で納付します。
労働保険について、詳しくはこちらをご覧ください。
労働保険制度|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/hoken/980916_1.html
雇用保険手続き
従業員を雇用する場合、個人事業主として従業員5名以下で行う農林水産業を除き事業主が雇用保険の適用を受け、加入の対象となる従業員ごとに加入の手続きが必要です。
なお、主に以下の場合は雇用保険加入の対象とはなりませんのでご留意ください。
・週あたりの労働時間が20時間未満の場合
・雇用継続の見込みが31日以下の場合
・学生(夜間・通信制を除く)アルバイトの場合
雇用保険被保険者取得届|ハローワークインターネットサービスhttps://hoken.hellowork.mhlw.go.jp/assist/001000.do?screenId=001000&action=koyohohiLicenceLink
初めて雇用保険の加入対象となる従業員を雇用する場合、取得届と併せて雇用保険適用事業主設置届の提出が必要です。
雇用保険適用事業所設置届|ハローワークインターネットサービスhttps://hoken.hellowork.mhlw.go.jp/assist/001000.do?screenId=001000&action=koyohotekiSetchiLink
取得届の提出が遅れている場合を含め、加入した月の給与から以下の率で天引きします。
令和6年度の雇用保険料率について|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/001211035.pdf
雇用保険料は先に解説した労働保険料として概算納付しているため、所得税・住民税のように毎月の納付事務はありません。
社会保険手続き
従業員を雇用する場合、個人事業主として行うサービス業等を除き事業主が社会保険の適用を受け、加入の対象となる従業員ごとに加入の手続きが必要です。
なお、こちらの記事でも解説している通り、社会保険とは「健康保険」と「厚生年金」を併せたものであり、年齢等による一部例外を除き両制度併せての加入が必要です。
なお、主に以下の場合は社会保険加入の対象とはなりませんのでご留意ください。
・週あたりの労働時間が通常の労働者、つまり正社員の4分の3(一般的に30時間)未満の場合
・雇用継続の見込みが2カ月以下の場合
健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届|日本年金機構
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/todokesho/hihokensha/20140718.html
雇用保険との大きな違いとして、本業が学生の場合も対象外となる要件に該当しない限り加入が必要ですのでご留意ください。
初めて社会保険の加入対象となる従業員を雇用する場合、取得届と併せて社会保険新規適用届の提出が必要です。
新規適用届|日本年金機構
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/todokesho/jigyosho/20141205.html
また、従業員を雇用せず、法人役員として役員報酬を受ける場合にも原則社会保険への加入が必要である点にご留意ください。
取得届の提出が遅れている場合を含め、原則加入した月の翌月分の給与から、給与月額をキリよく区切られた標準報酬月額に応じて都道府県別に定められている保険料を天引きします。
令和6年度保険料額表(令和6年3月分から)|全国健康保険協会(協会けんぽ)
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g7/cat330/sb3150/r06/r6ryougakuhyou3gatukara
40歳から65歳の間は介護保険料も併せて忘れずに控除しましょう。
まとめ
いかがでしたか?本記事では起業後の従業員雇用にあたって最低限知っておくべき税務・労務関係の書類・手続き等について解説しました。最低限とはいえ、事業を継続していくための税務・労務両面で知っておくべき内容は非常に多岐にわたります。本記事がスタートラインについての理解を助け、少しでも皆さんの不安が和らいだのであれば筆者としてうれしい限りです。
この記事を書いた人
元ハローワーク正職員の社会保険労務士。ハローワーク時代に社会保険労務士試験に合格し、その後社会保険労務士事務所、企業人事部勤務を経て独立。官・民・士業の三視点からのアドバイスを得意とする。独立後は顧問社会保険労務士業務のほかWebメディア記事を通じた情報発信などを行っている。